2025.12.10

人的資本経営における本質的な仕事と介護の両立とは?

人的資本経営における本質的な仕事と介護の両立とは?

 ある自治体主催の人的資本経営をテーマにした企業向けセミナーで、「仕事と介護の両立」について話をする機会がありました。私の前段では、人的資本経営の実現に向け、育児や介護のような背景を持つ方も力を発揮できるよう、テレワークなど多様な働き方を認めていく必要がある、という説明がありました。
一方で、これまでのコラムでも何度か解説したとおり、多様な働き方が仕事と介護の両立を妨げるケースがあるのも事実です。そこで、人的資本経営の視点から考える仕事と介護の両立について、改めて私なりに解説できたらと思います。

●人的資本経営の目的とは
 “人的資本経営”とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です(経済産業省HPより)。
人材を単なる「コスト」とみなすのではなく、企業価値の源泉とすることで、持続的な成長を実現することを目的としています。つまり、仕事と介護を両立する中で、どのような働き方が人材という資本の価値を最大化できるかを考える必要があります。

●家族介護にテレワークを活用した結果
 コロナ禍によりテレワークという働き方が浸透し、「何とか両立できて助かっています」という声もありました。しかし、介護のストレスに追い込まれ、「他の方はどうやって両立しているのでしょうか」「ウェブ会議中にも話しかけられて集中できません」と窮状を訴える声も増えました。
さらに、一度この体制で家族介護をすると「目が離せないのでテレワークをやめるわけにはいかない」となります。家族介護という事情があっても、力を発揮することが期待された介護をしながらのテレワークが、なぜうまくいかなかったのでしょうか。

●家族介護にテレワークを活用するデメリットとは
 家族介護にテレワークを活用するデメリットは、「親が子に持つ依存心」と「老いに対する課題解決思考の暴走」です。
 「親が子に持つ依存心」とは、親は自分でできることも子に頼んだ方が楽なため、なんでも依存してしまうことです。食事の支度や、郵便物を開けずに渡したりすることが例として挙げられます。支える子ども側が何でもサポートしていくと、それまで利用していた介護サービスを拒否するようになります。子どもがいれば、他人を家に入れたり、事前準備をして外出する必要性を感じなくなるからです。その結果、デイサービスを拒否し、子どもの姿が見えなくなると大声で不安を訴えるようになったケースもありました。
 「老いに対する課題解決思考の暴走」とは、老いてできなくなることが増えるのは仕方ないと理解していても、テレワークで間近に見ていれば、転倒や物忘れの進行を「課題」と捉えて解決しようとします。親の生活の解像度を高め、リスク管理を徹底した結果、監視・管理・制限にまで至り、衝突が増えます。そのうえ、どれだけ支えても成功を実感できず、燃え尽きてしまうのです。
 このようにテレワークは、人的資本経営の本来の目的である人材価値の最大化どころか、多様な働き方の実践によってその価値が損なわれる結果を招いてしまうのです。

●本質的な両立を実現するために
 私たちは「介護が必要となれば家族が世話するべき」という価値観を根強くあり、家族介護における効果的な関わり方を誰からも教わっていません。そのため、何をサポートすれば親のためになり、その中でどのような働き方が自身のパフォーマンスを最大化できるのか、具体的なイメージがないまま「テレワークで親の世話や介護と仕事を両立しよう」と考えてしまいます。
ケアマネジャーとの打ち合わせ、医師からの説明など、ピンポイントでのテレワーク活用は効果的な場合もあるため、一概にテレワークが両立を阻害するわけではありません。 家族介護とほどよい距離を維持できれば、自身もやがて老いることを実感しつつ、今働けることの価値を見直す機会にもなります。テレワークでできるだけ面倒を見ることが、本当に親のためになるのか、改めて考えた上で働き方を選択することが必要不可欠です。