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 職場で責任のある仕事を任されている彼女は、幾度と足を運んでくださった私との介護相談の場でも、その受け答えなどから聡明な人物だということがすぐにわかりました。そして、先日、私への感謝の言葉とともに、介護の日々を振り返りながら印象深い看取りのお話をしてくださいました。

 母親の大好きな音楽が楽しめるサロンのようなデイサービスを探し出すなど、プロの力を借りながら上手に介護をされていました。介護相談を利用されるきっかけは、認知症が進み、暴言や暴力が日に日に増す母親の介護に心身ともに疲れ果ててしまったというものでした。

 一方で、元気だったころの母親が彼女の仕事を理解し、応援してくれていたこともあり、在宅介護を続けながら「介護離職はしない」という意志をお持ちだったのです。私はその意志を貫くためのサポートを一緒にさせていただきました。「仕事をしている間は介護から解放され、鬱々とする気持ちが晴れていくのがわかりました。やはり、仕事は辞めなくてよかった」と彼女は当時を振り返ります。

 母親の認知症がさらに進んでいく中で、「娘のことを忘れてしまう」「ご飯を1人で食べられなくなる」「自宅内を自力で移動できなくなる」という3つのルールを母親ができなくなったら、施設に入所してもらうと決めていました。在宅介護では難しい、客観的な視点を常にお持ちだったことに感心させられたのです。

 ところが、このルールができなくなる前に、母親は食事中の誤嚥で低酸素脳症となり救急搬送。それから、約7か月の闘病生活を続けましたが、そのまま帰らぬ人となりました。危篤の知らせを受け、母親のもとへ辿りつくと、大好きなミュジーカルの音楽を携帯で流し、「ありがとう」など母親が喜ぶ言葉を耳元でささやき続けたそうです。そして、母親は娘に見守られる中、微かに笑みを浮かべて旅立ったといいます。

 在宅介護中は「どこにゴールがあるの?」と追い詰められたこともあるそうです。でも今は、自身の意志を尊重しながら介護を続けられたからこそ穏やかな気持ちで、母親を看取った瞬間が「ゴール」で、「最大の親孝行ができた」と彼女は温かな涙を流していました。

 それでも、母親との思い出の詰まった福祉用具をすぐには返却できなかったそうです。でも「このままでは母親に叱られる」と返却を決意。そして、「母親の介護をした経験を、今後の人生に生かしたい」と、新たな決意を私に語ってくれました。